1950
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りゅうせきの歴史
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1950

Prologue

9月6日
琉球石油株式会社 設立

終戦から5年後の沖縄。
沖縄県民の暮らしを取り戻すためには、産業の発展が不可欠でした。

その産業を支える基盤となるのが、エネルギーの安定供給です。
私たちはそれを使命として、民間初の石油供給会社を設立しました。

――それが、私たちの原点です。

本社完成前の仮事務所前ての集合写真

本社完成前の仮事務所前ての集合写真

1960`s
10~15期

Construct

3島プール制度 導入

本島・宮古・八重山の石油価格の統一を実現

1964年代 全島プール制度 構築

沖縄全域の安定・公平供給

創業者・稲嶺が掲げたのは、
「低廉かつ安定した価格で石油を供給し、全琉に等しく便益をもたらすこと」。

島ごとに輸送コストが異なる現実の中で、
その理想を実現するのは簡単ではありませんでした。
それでも私たちは、輸送経費を自社で負担し、
3島プール制を実施する道を選びました。

やがて海上輸送体制を整え、
その取り組みは全島プール制を実現しました。

天竜丸就航

天竜丸就航

東洋石油精製株式会社中城製油所

東洋石油精製株式会社中城製油所

1970`s
21~30期

Return

元売り系系列化により販売店の大半を失う

1972年。
沖縄は本土へ復帰し、社会は大きく動きました。
通貨はドルから円へ、さまざまな制度が一斉に切り替わり、
沖縄全体が混乱の中にありました。

石油業界も例外ではありません。
当時は「石油無法時代」とも呼ばれ、系列争奪戦が激化。
石油販売は自由競争の時代へと移行し、
結果として戦後20余年間、
共に歩んできた給油所が他系列へと変わり、
当社は販売店の大半を失いました。

それでも、立ち止まることはありませんでした。
日本石油の特約店として再出発を決断し、
ガス事業部を新たに立ち上げました。

東洋一の売り上げと規模を誇った旭橋給油所

東洋一の売り上げと規模を誇った旭橋給油所

本土復帰は、
私たちにとって最大の試練であり、最大の転換期。
この経験が、変化に向き合い、進み続ける姿勢を形づくっています。

創業30周年記念祝賀会

創業30周年記念祝賀会

1980`s
31~40期

System

全国に先駆けシステム化を推進

復帰後の厳しい経営環境の中で、
新たな活路を切り拓くため、当社は石油・ガスにとどまらない
新しい分野への挑戦に向け、
着実に準備を進めていきました。

配送センターでは、効率的な運営を目指して
LPガス配送管理システムを完成。
当時約1万戸に及ぶ需要家に対し、配送指示、メーター検針、代金請求までを
コンピュータで一元管理できる体制を整え、
長年の課題であったガス切れを大幅に解消しました。

給油所用POS端末機

給油所用POS端末機

また石油部では、コンピュータ機材の導入から約3か月後、
全直営給油所にPOS端末を設置。
カード一枚で、給油はもちろん、パンク修理やパーツ購入まで、
どの給油所でもスムーズに利用できる仕組みを実現しました。

1枚で2社のサービスが受けられたWカード

1枚で2社のサービスが
受けられたWカード

1990`s
41~50期

Identity

株式会社
りゅうせき

社名を
「株式会社りゅうせき」に変更

CI委員

新社屋 落成式

りゅうせき新社屋建設の打ち合わせ風景

りゅうせき新社屋建設の打ち合わせ風景

1990年。
次の時代へ進むため、私たちは自らの在り方を見つめ直し、
CI(コーポレート・アイデンティティ)の導入を決断しました。

CI委員会を立ち上げ、戦略構造や基本コンセプトを再構築。
そして1991年10月、本社ビルが完成すると同時に、
社名を「琉球石油株式会社」から「株式会社りゅうせき」へ改め、
シンボルマークも刷新しました。

1992年。
バブル崩壊という経済環境が大きく変化する中で、
私たちは企業体質の強化に本格的に取り組みました。

経営改善計画を策定し、
多角化戦略の推進とSS業界における効率化を加速。
同時に、グループ各社の役割を明確化し、グループ事業再編と連携強化を進行。

単なる燃料供給にとどまらず、
ワンストップで価値を届ける「One りゅうせき」を目指し、
事業のかたちは次のステージへと進化していきました。

SSの活性化とサービス向上をPR

SSの活性化とサービス向上をPR

りゅうせき現社屋(1991年当時)

りゅうせき現社屋(1991年当時)

2000`s
51~60期

Re:Construct

意識改革一元化とグループ再構築

カーブス。女性専用フィットネスクラブ

カーブス。女性専用
フィットネスクラブ

長年進めてきたグループ事業再編は、この年を境に一つの区切りを迎え、
私たちは次の成長に向けて、「仕組み」そのものを変える改革に踏み出します。


グループ管理部業務を一元化し、
資金・会計・総務人事センターが本格稼働。

CMSの導入により、グループ各社の資金を最適化し、
大幅な金利負担削減を実現。
同時に、法改正にも迅速に対応できる
強固な経営基盤が築かれていきました。

宮古・八重山では、
グループ統括支店長制度を導入し
地域の実情に即した意思決定が可能となり、
“現場に近い経営”を実践しました。

SS業界の競争激化を背景に、
不採算店舗の整理と再構築を進める一方、
セルフ化、車販、太陽光、燃料電池へと業態開発から、
健康事業「カーブス」、
介護事業「ポシブル(現・ぴたさぽ)」など、
新たな事業の芽を育てていきました。

初のセルフ店舗であるバイピーてだこ店

初のセルフ店舗であるバイピーてだこ店

新八重山支店

新八重山支店

2010`s
61~70期

New Business

地域と歩み続ける新規事業を展開

社会環境が大きく揺れ動く中、私たちは変化を恐れず、
新たな価値創出へと舵を切りました。

人事制度の見直しや事業再編を進め、
「One りゅうせき」の考え方のもと、
企業としての基盤強化に取り組みました。

介護福祉分野では、
デイサービスや訪問介護事業や
介護付き有料老人ホーム運営事業を展開し、
企業主導型保育園「かなさ保育園」を開所するなど、
社員と地域のひとたちを支える取り組みを始めました。

エネルギー事業では、
LNG関連業務や沖縄県初となる都市ガス託送供給への対応、
石垣空港でジェット燃料供給施設の運用を開始、
新八重山支店が竣工し、石油・ガスの貯蔵能力を大幅に向上させ、
台風時でも安定供給が可能な体制を整えました。

かなさ保育園の開所式

かなさ保育園の開所式

2020`s
71期~

TO THE FUTURE

次世代エネルギー・持続可能な社会づくりに挑戦

私たちはこれからの社会と自分たちの役割を、改めて見つめ直しました。
これまで大切にしてきた創業者の精神「社業の公共性に徹する」を未来につなぐため、
新しい ブランドコンセプトとCI(コーポレート・アイデンティティ) を制定。
和文の「りゅうせき」から英文の「RYUSEKI」へと表記を刷新し、
“幸せの原動力になる”という社会に向けた約束を掲げました。


そして現在、
エネルギーを取り巻く社会は脱炭素への動きが急速に進んでいく中で、
コア事業である石油・ガス事業を大切にしながらも、
次世代のエネルギー社会へ向けた挑戦を本格化させました。


これからも、時代の変化を捉え、
未来の社会に向かって
次の幸せを生み出す力であり続けたい。
人、島、世界をつなぐ、
新しい価値を創り出していきたい。


私たちにしかつくれない幸せがあると信じて。

水素ステーション実証開始式典

水素ステーション実証開始式典

君の情熱の色は?